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| 体験談『骨髄性白血病のその後』 |
| 神戸市在住の井上美知子さん(仮名)59歳は、平成17年5月に急性骨髄性白血病を患い抗癌剤による化学療法を受けられました。 井上さんは、再発しないようにするにはどのような生活をし、どのようなことに気をつければよいのかをドクターに質問されました。 しかしドクターからは『それがわかれば苦労しない、私が教えて欲しいくらいだ』と言われ途方に暮れておられました。 また、そのドクターは骨髄性白血病にかけては日本でも屈指の著名なドクターということです。 |
| 神戸市垂水区 井上美知子(59歳) 仮名及び仮住所 *ご主人が医療関係に従事されている関係上、仮名、仮住所、写真なしの体験談とさせていただきました* |
| 大沼先生、西尾先生には大変お世話になっています。 私は平成17年5月に急性骨髄性白血病の診断を受け直ちに入院し寛解導入をを含め5クールの抗癌剤による化学療法を行いました。 最終段階で肺炎を発症、私自身は意識を喪失し覚えていませんが主人の話によれば文字通り死線をさまよいました。 何とか無事に退院できましたが主治医の先生からは「5年生存率30%」と言われました。 私は、病を“呼びかけ”と受け止め入院中も“治ると信じ”辛い治療にも耐え平成18年1月に退院しました。 以降生活習慣を改め食事療法に留意しながら、明るい前向きな心を持つように努めました。 しかし、退院直後は抗癌剤の副作用で視力が大幅に低下したこともあり、家の階段を昇り降りするのも辛く、体は硬く、思うように動かず家事もなかなか充分には出来ませんでした。 何をしても、すぐに息が切れ疲れてしまう状態で何より再発を危惧しておりました。 そんな折、主人が日本ホリスティック医学会の案内を見て、平成18年3月名古屋のセミナーで大沼先生の講演をお聞きすることができました。 『白血病はガンではない』というお話で、それまでもいろいろな講演や多くの書物で白血病について勉強してくれていた主人が、『腑に落ちるお話だった。早速先生にお願いし診て頂くことにした』と講演終了後、 名古屋から神戸の自宅へ喜びの電話をしてくれました。 3月中頃、名古屋の自然医学総合研究所を訪問し、大沼先生に診て頂きました。 『今の食生活を続けて下さい。また、極限まで我慢をして、頑張りすぎる性格による心身のストレスが原因だから自分の言いたいことを言い、したいことをする生き方に改めなさい。 再発は恐れることはない』 と事も無げに言っていただきました。 そして、自宅に近い場所を希望したところ大阪箕面の西尾先生を紹介して頂きました。 どんな先生だろう、よい方だったらいいのにと思いながら主人と初めて伺ったところ、先生、奥様とも気さくで素敵な方でご自宅を兼ねた支部も清潔な感じで安心しました。 大沼先生のご著書『がんの盲点』を読み西尾先生から『再発とかそんなレベルの話ではありません』と明言を頂き、再発の恐怖観念がなくなったことは最大の喜びでした。 西尾先生のところは健康に関する書籍や資料が数多くあり、それらを拝見しながら自分なりに病気にならない生き方を模索し、実行に努めています。 肉食乳製品を極力減らし、玄米菜食を中心とした食事、健康体操の実施、明るい心を持つことなどを実践し西尾先生の所へ通っています。 大沼先生にお世話になってからちょうど2年が過ぎましたが、以前に比べ体が軽く、手足の稼動範囲が広がりましたので一日動き回ってぐっすり眠る健康的な生活を送ることが出来ています。その間、薬は完全に中止しています。 しかし、定期的検査の血液データも全く異常がありません。 この2年間一度風邪を引いただけです。 現在は、抗がん剤で悪くなった目も徐々に改善に向かい、完治も夢ではないと思って通院しています。 大沼先生、西尾先生にお会いしなければ、再発に脅え、硬くなった体がさらに硬くなって再発を繰り返していたか、あるいは抗がん剤による耐性ガンができていたかもしれないと思います。 災い転じて福となすと言いますが、研究所の皆さまとのご縁に感謝申し上げますと共に、自然医学の発展を心よりお祈り申し上げます。 井上美知子 |
| 井上さんの目は、ドクターからも“一生治らない”と言われているそうですが、視野障害で見えない部分も少しずつ減り、暗い部分も薄くなってきておられます。 このように血液を正し、白血球が元気を取り戻せば、抗癌剤による副作用も克服できる可能性を充分秘めているのです。 |