コラム

 

左脳が病をつくる

名誉医学博士 大沼善誉先生

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左脳が病いをつくる・・・。結論からいいますと、その通りなのです。それは、左脳が言語を用いて判断する脳だからです・・・。わかりやすく言えば、すでに病気になっている方は、病気になるような危険な言語を常識として左脳にたくさん詰めこんでいたということです。例えば“体調を崩してからの忍耐”や“これくらいの無理は当たり前”、あるいは“病状に対する不安な言葉”“悪化しているような気がする”“ダメかも知れない”等です。発病をする人の左脳にはこのような悪いイメージの言葉がたくさん詰まっているのです。例えば、自殺を試みようとする時には、“死にたい”とか“死のう”とか“死”を意識する言葉が日に1000回もよぎるといわれています。
左脳は命に関わる重大な状態でも、左脳に詰め込まれている言葉だけで判断し決断するような習慣的機能があるのです。これは当然のことのようですが実は大変危険な状態を誘発するのです。なぜならば、左脳が発する悪い言葉の情報に惑わされ、ますます不安材料が増えるからです。その上、考え過ぎてとっさの判断が狂うため、問題が解決せず、エネルギーを消耗し続け進行するからです。
そんな人でも、もし、右脳が健全だったならばどうでしょうか?右脳には直感力がありますのでこれ以上の無理は危ないとか、休んで後にしょうとか、何らかの異常を感じたときに臨機応変に対応して、事故や病気から身を守り、難を避けることができるはずです。ところが左脳が中心に働く人にはそんな余裕がありません。まして、知覚神経という感覚の神経が疲れすぎて麻痺状態になっていると、左脳は当初の予定通りにことを進めようと判断を下します。結局無理を通して自己破壊に追いやるのです。
ところが、野山に生息する動物たちには、現代の日本人ほど異常に病気は発生しません。それは、彼らには予防注射もありませんし病状を抑える薬もありませんが、しっかりした本能と自然の中で勝ち取って得た自然免疫があるからです。もし病気が発生するならば、天災による災害や人間によって自然環境が破壊され、餌が少なくなり、種の保存ができない状態になるときに、汚染された餌を獲ることなどの深刻な緊急事態によるものでしょう。人間が保護する動物以外で、自然界の動物には健全な本能が宿っています。この本能が健全なほどあらゆる危険から身を守るのです。それが人間では右脳の働きに相当するのです。

 一方、人間達はどうでしょうか?今、自信を持って天命をまっとうできるといえる人がどれだけいるでしょうか?むしろ、病院がなければ生きていくことができないと思っている人が大半を占め、加齢とともに病気になることが常識となっているのではないでしょうか?私はこの状態を「左脳病」と呼んでいます。それも“大和民族の左脳病”と呼んでいます。

慢性病にかかる人の意識は、発病前から不自然な状態が続いているものです。特に日本は近年、国際的な水準を越える勢いで慢性病が増えています。これは、日本人の意識の中に病的な問題があると見なすことができます。

日本人の病的な意識の問題とは、「加齢」と「病気」を混同し、年功序列で病気ができるものと信じている点にあります。年をとることは病気になることではありません。しかし、加齢とともに病気になるとほとんどの人は、思うようになってしまっているのです。

また、病院をあらゆる病気を薬で治してくれるところと錯覚しているようです。かつ、一部を除いて、そこで働く医師の能力は専門知識が豊富で間違いないと盲信している点も大きな問題です。確かに、遺伝子や免疫など微細な研究が急激に進んでいます。ところが、肝心な成果にはつながっていません。むしろほとんどの病院で、対症療法と称して免疫を抑制し、悪化させているケースが少なくないのです。そのほか、造血臓器の問題など、国際的にも重大な過ちが盲点となっている学問もあります。これらの問題があることすら、「左脳病」には判断がつかず、ひたすら暗記したことを正しいと思うのです。現時点で、医学部に入ることと病気を治すことは次元が異なっています。また、国家医師免許を取得することと、病いを治すことも完全に次元が異なっています。しかし、ほとんどの国民はこの重大な問題を意識すらしていません。
 
私は、この原因こそ、偏差値中心の大学受験に偏りすぎた左脳教育にあると考えています。ではなぜ、左脳教育が病いをつくるのかを考察してみることにしましょう。


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大和民族の左脳病
 さて、病気になる人の左脳には、発病するにふさわしいと思えるような悪いイメージの言葉が沢山詰まっていることについて述べました。そして、その悪いイメージの言葉を用いて判断する習慣がある人にのみ発病することについて触れました。それが実は、個人の問題ではなく、“左脳教育”というひたすら暗記させるだけの国家の教育制度にその原因があると私は見ています。その根拠について述べましょう。

民族共通の価値観

私たちの祖先には、大陸でつながっている他の国々とは異なり、まわりが海で囲まれ海外からの情報がほとんどなかった状態の中で、1587年に豊臣秀吉がキリスト教を禁止したことに始まり、1601年には徳川家康が外国に朱印船貿易を通告して以来1639年にはポルトガル船の来航を禁止した“鎖国”という世界的にも例のない文化を所有してきたという歴史的な背景があります。その中で、単一民族として“民族共通の価値観”を持つことになったのです。誰もが共通の教育を受けて共通の意識で暮らすという時代の到来です。
生活様式が農業を中心としていた時代には、村を核として協力し合い、稲作という共通の目的を果たすには満足できる結果を得ることができたことでしょう。しかし、現代は違います。海外の文化を取り入れ、海外の文化を模倣するという時代はすでに終わっているのです。にもかかわらず現在行われている学校教育は、明治9年9月に開校した旧つき米学校の延長線上にあります。つまり、模倣の時代は昭和の中旬で終わり、平成の時代は創造の時代にもかかわらず、いまだに「平等の意識」という教育で民族が硬直しているのです。

情報教育の遅れ
近年、BSやインターネッツトなどが発達し、個人レベルでの情報が世界的な規模で発信や入手が容易にできる時代になりました。その結果、だれもが家庭にいながらにして、海外の文化に接触することが可能となりました。
小学校へ就学前にほとんどの子供たちが、すでに、海外生活の疑似体験を家庭にいながらにして体験できる時代なりました。それが一段と個性の多様化に拍車をかけています。

個性の多様化

その結果、ファッションを始めライフスタイルそのものが村単位から家族単位へと移行し、さらに個人単位へと変化しています。つまり現在は、個人の価値観を主体にした生き方を選択できる時代になったのです。親子でも職業観から食養観までが異なる時代です。

教育政策の遅れ
このような時代には、当然考え方も生き方も学び方も個性に合わせて異なる方が自然です。しかし、教育の平等という長い歴史の間に染まった意識は“民族共通の価値観”となって染み込み、容易に変わってくれません。それが今、教育改革の遅れとなり、青少年の心を歪め大きな弊害となっているのです。具体的には、クラスと言う単位で価値観の異なる子供たちを対象に、教科という共通の価値観で統一しようとする“軍隊教育”を底辺に持った教育を続けているのです。いわゆる同じ考え方をし、同じ形にする“ところてん教育”を“義務教育”としておこなっているということです。
つまり、独創的で広い視野を持った創造力や個性をつぶし、左脳型の押し付け教育を主体にしているところに問題があるということです。また、ここに学校教育の崩壊の原因があると思うのです。

少子化も最悪の環境

多くの子供たちは、少子化で親に子育ての時間的余裕がある中で育てられ、知らず知らずのうちに親の価値観を押し付けられています。これもまた個性を失う大きな要因です。
個性を失った子供たちは自己主張ができませんから集団生活にも向きません。行き場がなく落伍者となっているのです。特に3歳前までの環境は、人格形成に多大に影響を与えます。第一次反抗期をつぶすことは生涯消極的な性格にしてしまいます。これを克服するには自己の精神を取り戻す教育が必要です。失敗を恐れず自己主張を試みるのです。

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教育の恩徳と被害
大和民族が、教育を受けたことで、得たもの・・・。それは一見豊かな文化でした。しかし、今教育の中で失っているものがあります。それが“自分”であり“魂”だと私は、毎日のように報道される犯罪情報から思うようになりました。
いつのまにかすでに日本は世界的にも有数の“犯罪大国”になってしまっているのです。現代の混沌とする社会情勢を私は“単一民族の左脳病”と呼んでいます。
単一民族の左脳病は、明治に入り教育が一般に受けられるようになることで始まったのです。いわゆる“学問の進め”の曲解です。猫も杓子もということわざがありますが、福沢諭吉先生の提唱した学問の進めは、“文明の夜明け”という当時の時代の要求に答えて始まり、それも学びたい人だけを対称に教えたことで大きな成果をもたらしました。
しかし、現在、日本の戦後の教育は悲惨な結果をもたらしています。諭吉先生の教育とは異なり、志もないままに知名度のある上級の学校へ行くことだけが唯一“裕福”になることで“人間の幸福”につながることのように教育が利用され、かつ、受験勉強こそ最高の教育のように思われ、肝心な徳育がおろそかになっているのです。

30年の遅れ
それでも、日本経済が急成長したバブル経済の最盛期には就職の手段として有効でした。ところがバブル崩壊後、リストラが横行し、容易に入社ができない時代になりました。社会や企業の求める人材と卒業生の能力に大きなズレが生じているからです。時間差で、およそ30年以上の遅れが生じているように思います。
この遅れた教育の構造が、現在のストレス社会を作ったのではないか、また恐ろしいことに究極、この過当競争の元凶となった暗記型の左脳教育が「病いをつくっている」のではないかということです。

栄養学の過ち

例えば、栄養学がそのひとつです。栄養学には多くの過ちがあることが知られています。具体的には、必須栄養素として学んでいる牛や豚の蛋白質がそのまま人の体内で人間の蛋白質として働くことはありません。カルシウムもそうです。実際に、近年欧米諸国にベジタリアンが何百万人と急増しています。
特に有機野菜を主に食べているベジタリアンは、その多くが健康になっているのが特徴です。私自身もそうですが、野菜中心の食生活を20年以上続けてきましたが、骨格も筋肉も衰えることはありません。なぜならば、体に必要な蛋白質やカルシウムは、自分のからだの中で必要に応じて生合成されているからです。つまり、蛋白質やカルシウムは必須栄養素ではなかったのです。栄養学が日本に入ってきたころは、経済も不安定で、貧しく食べ物が不足がちでしたので、それほどの弊害はありませんでした。ところが、現代人は、間違いだらけの栄養学を学んできたのと、少しばかりの経済の余裕で、むしろ過食の傾向にあります。動物性の蛋白質やカルシウムを必須として毎日摂取することは、過剰なストレスを受けて、消化器の働きが弱い人にとっては血液を汚し、動脈硬化など慢性病を誘発すること以外に他ありません。それでも、学校では必須栄養素として教えているのです。蛋白質やカルシウムは必須栄養素という“左脳につまった常識”が病いをつくっているのです。

慢性病対策の過ち
さらに、慢性病は過剰なストレスを受けて、血液が汚れて発病しているにもかかわらず、どんな病状にも化学薬品とメスでしか対応できないと錯覚する医師が大半をしめています。これこそまさしく「左脳が病いをつくっている」のです。また、保険医療こそ最高の内容と思い上がっている医師も患者も少なくないのです。その原因は、細分化されすぎた医療情報を暗記するだけで応用できない「データー先生」を輩出しているところへ、免疫応答反応として自己を元の状態に治そうとしたり、あるいは防御するために解毒をするときの反応を病状とみなして抑えてきたことです。それでデーターの読み方さえ十分理解できないのです。正に左脳が病をつくっているのです。

ガンと顆粒球
例えば、ガンに罹患する方の顆粒球は増加し、リンパ球が減少する傾向にあります。この原因がわかる医師はほとんど皆無にちかいのです。顆粒球が増加するのにはそれなりの原因があります。その原因とは、ガンを患う前に過剰なストレスを必ず受けているため、交感神経の過剰反応により体液が酸化し、酸化によって細胞膜が炎症や損傷して突然変異をきたしています。顆粒球は炎症細胞を除去しようとして増加します。過労で汚れた血液が血栓をつくり、細胞が壊れて壊死した細胞の分だけ増えて分裂したようにみえるのです。ですから解毒するだけでも縮小する場合も確認されるのです。顆粒球の増加は交感神経に連動し、炎症した細胞の除去や肉体を保護するために増えているのです。決して狂って病気をつくっているわけではないのです。血液性状が悪化しているため顆粒球に元気がなく、腫瘍分解反応ができずにガンが大きくなるのです。従って疲れを解消し顆粒球を元気にし、免疫力を高めることが重要なのです。しかし、抗がん剤で免疫を抑制することが常識です。ここでも「左脳が病いをつくる」のです。年間30万人以上が犠牲になっていると言っても過言ではありません。

輸血の盲点
また、免疫の細胞として知られているTリンパ球の減少は、ストレスによって生じる骨格の歪みにも影響されています。特に鎖骨の亜脱臼は、Tリンパ球を産生している胸腺の栄養血管を圧迫するため、胸腺でTリンパ球をつくることができなくなります。さらに、自律神経が不安定となることで、腸管の循環障害が生じることにより、腸管でつくられるBリンパ球も減少するのです。従ってリンパ球全体が減少するのです。ですから輸血をしても原因は解決できず期待通りの効果を得ることは少ないのです。これが輸血の盲点です。
反対にリンパ球の増加は排尿障害の現れでもあります。抗ガン剤に依存する前に自律神経を調整する必要があるのです。このように血液のアンバランスは肉体の赤信号として発現しているのです。従って数値をそろえることを目的に対症療法に励むことではなく、根本的な原因から改善する必要があるのです。

体の異常
それには骨盤の歪み、骨盤内のうっ血、肌の色、艶、鎖骨の癒着など慢性医療にもっとも重要な患者全体を診て直接体からの異常な情報を得ることができなければなりません。ところが、患者を一人の人間として診断出来ない先生が多いのです。

左脳型教育の弊害
医学が急激に発達しても、反して病人が増えるのは、このような時代遅れの構造があるからです。それを引率しているのが教育者の公務員化です。教育者の公務員化が、民族の崩壊に至るところまで影響を与えてしまったのではないかということです。ここにも単一民族の左脳病が潜んでしまったようです。きめられた教科を機械的にこなすだけの左脳型教育の弊害です。タイムスケジュールを優先し、創造力を奪うのです。

集団教育で失ったもの
とはいえ、学歴主義は確かに様々な恩恵を私たちの生活に与え、一見豊かになりました。ところが、その一方で失しなったものも多いのです。
そのひとつが子供社会の環境破壊です。本来子供は子供社会の中で遊びやけんかを通じて成長するものです。しかし、私たちの周りには明るく遊んでいる子供達の姿はもうありません。それだけ進学競争は激しくエスカレートし、今では、学校教育と進学塾の教育を平行して受けることが当然とされ、子供達の受けるストレスは膨大し、尋常の精神では耐え切れず免疫疾患など深刻な病気が増えています。また、成人では慢性的な経済の不況にリストラ問題などが重なり、食べ物が悪いところに無理を強いられ、その結果病気で命を落とす人が増えるばかりか、現状の医療政策では10年以内には、医療費で国が滅びる直前にまで至りました。

FRANK H. NETTER, MD.
FROM CIBA COLLECTION

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左脳病
今の日本の現状を正確に捉えると、どうなるでしょうか?病気に対しては、皆が病気になるのだから自分もなって当然と判断してしまうのでしょうか?経済に関しても、皆が不況だから自分も不況でいいと考えてしまうのでしょうか?犯罪に関しても、皆が犯罪を起こすから自分も犯していいと思う人間が出てくるのでしょうか?
いたるところに単一民族の「左脳病」が潜んでいるようです。単一民族の左脳病は、もともと同じ考え方や同じ価値観でしか行動することができない民族を対称にして「教育の平等」という名のもとに同じ価値観を強いる教育をしてきたことに由来するのです。

模倣の時代から創造の時代へ
時代の流れは、海外の文化を模倣する時代から、独自の文化を創造する時代へと大きく変貌を遂げています。しかし、教育の現場は依然として暗記型や模倣方の左脳教育が中心となっています。従って学業に専念した子供たちほど右脳が退化する傾向が強いのです。そのため、成績が優秀でも時代の変化に対応できず、模倣型の生き方を優先して生きようとするのです。それが左脳病です。
左脳の特徴は危険を感じても、とっさにブレーキをかけたり、方向転換をすることができないのです。何があってもマニュアル通りに進みたいのです。その結果、国民的な規模で不況や病をつくっているのです。そして教育費や医療費を多額に投資し、国家を崩壊の方向に導いるといっても過言ではありません。このような時代こそ直感力、判断力、行動力に優れた人材が必要とされているのです。左脳型のマニュアル教育だけでは、それらの大切な能力を奪いさることになります。

議員の左脳病
ゆえに眠っている右脳を開発する必要があるのです。しかし、一部の国会議員を除き、この異常事態を正そうとして、右脳型教育の政策やクスリ漬けの医療政策を改革するような発言をする議員がいないのが現状です。例え知っていたとしても、発言するだけの勇気がないのです。これが日本経済の崩壊につながるほど重大な事態と知る人はそれほど多くはないのです。なぜならば、議員の先生方もまた左脳型、模倣型教育で染まっているからです。
故に、日本は経済問題も医療問題も人口問題も全て重症を負うことになったのです。教育に関しては、平等の意識が失敗をもたらしました。というのは、模倣の時代には役に立った教育の平等が、創造の時代には致命傷になっているからです。どれほど学んで高い偏差値を積んだとしても、偏差値を高めた反面、逆に右脳が退化するような教育が主体では創造の時代にはついてゆけない人材が多く輩出されるからです。入魂の徳育をしなければならないのです。

最悪の医学教育
左脳教育は、医学生に関してはさらに最悪な運命をもたらしています。それは、わが国に於いては、救急医療として発達してきた西洋医学の対症療法のマニュアルをそのまま慢性医療に応用してきたことに起因しているからです。慢性医療の臨床現場において一行に効果が得られていないのはそのためです。ガン、リウマチ、高血圧、糖尿病、視力障害などの多くの慢性病は、ライフスタイルに必ず原因があります。また、ガン細胞は分裂によって増殖しているのではなく、汚れた血液が集合してできた組織です。リウマチはカルシウムと糖分の過食が原因です。また高血圧症は動脈硬化で活動家に多発しています。糖尿病は血糖値をコントロールするインスリンの分泌障害によるものですが、この原因は、ぜん息や狭心症の発作と同様に自律神経の失調に起因しています。すい臓の支配神経は肩甲骨の間にあります。それが、ストレスの影響を受けて伝導障害にいたるのです。その結果すい臓の支配神経が刺激されることで働きが悪くなり発症しているのです。

慢性病は習慣病
こうしてみると慢性病の全てが生活習慣病といっても過言ではありません。ですから、それらの多くは、発症時に生活の内容を見直すことで自然に回復していく場合もあるのです。治すのは化学薬品やメスではありません。治癒率は患者自身の血液の浄化力と循環力によって異なります。元気な白血球の遺伝情報の伝達という働きによって起こっている“新陳代謝”や“自己免疫力”などの力に比例します。つまり、持って生まれた自然免疫力という生理機能の働きによってケガと同様に治るのです。しかし、現実の医学教育では重大な盲点となっています。予防教育すら行っていません。従来行われてきた対症療法を中心としたマニュアル中心の左脳教育が主体なのです。

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右脳と体質
同じ病名でも患者の体力や体質などは微妙に異なります。しかも、その違いは右脳でしか判断できません。ところが、大半の医師は左脳型ですので重要な個人情報を失うことになります。左脳型の医師は、病名にこだわって診察しょうとします。ですから、肝心な体質改善や指導ができないのです。故に「左脳が病いをつくる」のです。

医療制度の問題
それに加えて、医療制度そのものにも問題があります。その問題とは、国民はみな保険で医療が受けられるようにという配慮から生まれた保険医療制度の問題です。国が貧しく、薬も買うことができなかった時代には、多少の効果が得られた政策も、豊かになった現代には、薬の無駄使いを誘発することになりました。実際に、大病院のゴミ箱には毎日たくさんの薬が捨てられています。また、もらってきた薬を飲まずに捨てている患者を含めると、なんと7割強の患者が薬を飲まずに治癒したいと希望していることになると言われております。本物の薬とは文字のごとく薬草のことなのです。

二大悪事法
製薬会社や医療機器メーカーは、毎年莫大な政治献金を納めています。その献金が患者不在の医療政策を維持しているのです。二大悪事法の一つは、すでに薬を飲みすぎて発症した患者に、対症療法という名目で、さらに強い薬を大量に使用することを容認するシステムを国が支持している法律のことです。その医療に保険を適用している薬事法と、もう一方は、病気を悪化させても収入になるという医師への過剰保護政策としての医師法の二つの法律のことです。この二大悪事法がある限りうっかり病院へ行くことができません。

日本の資源
わが国には資源がありません、ご周知のとおり日本は、エネルギーの90%以上を海外に依存しています。しかし、わが国には優秀な能力を潜在的に持っている人材があります。それがわが国の本当の資源なのです。価値観の変動する時代だからこそ偏差値主義の大学受験のあり方を見直し、個性の多様化にともない選択肢を重視する教育環境が、子供たちばかりか大人にも求められているのです。また、健康長寿も国民の大切な財産です。

自然医学を医療に
医療には自然治癒力を生かした慢性病対策を打ちだすことが早急に必要な対策のように思います。その政策の実現には、強い正義感と勇気を合せ持つ強力なリーダーが必要だと思います。しかし、残念なことに日本のリーダーは皆、「左脳病」に感染してしまっているようです。

右脳は直感
このような時代に悠々と生き抜くためには、これまでの世間の常識に捕らわれず、右脳を磨き、本能を健全にし、直感力をいかしたハイセンスな判断力で決断し実行することが望ましいと思います。つまり、教育の現場に求められることは、社会に適応する潜在能力を磨く場としては当然、少なくとも左脳教育に偏りすぎて、子供たちの右脳をつぶさないようにすることではないでしょうか?それができて真の教育であり、真の健康体が育つ環境となるのではないでしょうか?

右脳開発の重要性
不況の時代だからこそ常識を打ち破りたいものです。病気だからこそ個性を生かし、楽しく暮らすことが大切なのです。それらを可能にするために、有能な人材を育てることが教育に求められているのです。希望のない子供たちや、病気を患った人たちに勇気や希望を与えることが、真に求められているのです。それができる教育環境を私たちは創造しなければならないのです。闘争心を仰ぐだけの過当教育や無駄な医療で国が崩壊する前に大改造が必要なのではないでしょうか?

選択肢を重視
具体的には大学を単科と総合に分け、総合大学の希望者を除いて、大半の受験者を専門だけの単科と面接だけで入学を可能にすることです。そして専門分野に専念できる環境を整え無駄な教育戦争からのストレスや教育費を排除し、子供たちに余裕を与えることです。あるいは、塾も私立の学校と認め、塾か学校を選択することや単位制にし、両方の単位をとる方法も視野に入れた改革ができてもいいと思います。

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医療制度の改善
医療に関しては、東洋医学や自然医学にも保険の適用を認めるか、財政上できなければ統合医療を認可することです。また、医療の質を高めるために、実積を重視し、治癒率の悪い医師に自然免疫のリトレーニングをする環境を整えることや、左脳一辺倒で自然免疫を理解できない医師はリストラにすることです。また、医者の卵を育てる立場の教育者の能力も冷静に評価しなおす機関をつくることも重要であるように思います。

日本のドン
今の日本の総理大臣にふさわしい人はだれでしょうか?私は、日産自動車を短期間で健全経営に回復させた「カルロス・ゴーン」会長ではないかと思います。それが無理となると“年金”も含め、自らの運命を国に依存すること自体が危険ではないでしょうか?唯一残された手段は、個人が国からも、会社からも、今の制度からも自立することかもしれません。

健康は右脳から

それには肝心な右脳を自分自身で開発しなくてはなりません。このままでは新たな発想も行動もできず、重症で貧しい民族に成り下がってしまうことはさけられません。勇気も決断力も含め運命までが右脳で決まるのです。教育文化が歪んで進みすぎた日本だからこそ、生きた知恵を伝える場所として人が人を育てる環境が大切です。つまり、考えさせる教育、自己責任と行動力のある自立を目指した教育を早急に実現しなければ、1億総半病人から一億総重病人と化してしまいます。入魂の徳育です。

教育の民営化

情報が豊かになった今だからこそ、個性を伸ばす環境が最良かもしれません。それには旧国鉄からJRに変わって成功したように、教育も医療も民活化すべきかもしれません。とにかく時代の流れを改善しなくてはなりません。それが選挙権を持つ大人の義務であり責任だと思います。ただ、残念なことに左脳病に感染した政党ばかりのようですが・・・・・。議員バッジをつけている先生方ほど右脳をしっかり磨いてもらいたいものです。

左脳が病いをつくる
以上様々な角度から、左脳教育が多枝に渡って悪影響を与えていることを述べてきました。常識だからといって安易に盲信することは、身の破滅につながります。


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判断は右脳で
つまり、左脳の特徴は間違っている内容かどうかの判断ができず、「暗記したことを正しいと思う」というとても危険な機能があることを知らなければなりません。正しい判断や決断をする右脳の存在を無視し、さらに退化させるような教育をしてきたことが今の不安定な世の中を創ってきたのです。明らかに政策のミスなのです。 

偏差値より大和魂を
結論として、偏差値一辺倒の教育から、右脳開発を意識した教育に力をいれ、左右の脳のバランス感覚の良い人材の育成に心がける必要があると思います。その中でも混沌とする時代を力強く生き抜くためのエネルギー源として、特に、日本人の大和魂を取り戻す教育環境が重要であると思います。そのためには遊びの心や、潔さの心、人を愛する心、信じる心を育てられる環境を取り戻さなくてはなりません。“武士道”などの見直しが重要です。


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